稲荷神社の由来 ( 出典 平凡社「世界大百科辞典」) |
| ■稲荷神社の由来 |
| 日本のイナリの本流は京都伏見のイナリを総本社として起源は 711年(和銅4年)二月初午の日に伊呂具秦公(イログハタノキミ)が京都伏見の伊奈利山に社を建てて 倉稲魂神(うかみたまのかみ)、猿田彦命(サルタヒコノミコト)、大宮女命(オオミヤメノミコト)の三神にこれに摂社の田中大神(タナカノオオカミ)、四大神(シノオオカミ)の二神を加へて祭り 稲荷五社大明神・稲荷五所ともいった。 |
| 決して狐を祭ったものではなく、狐は主流でない豊川稲荷の祭主である中国の仏が狐に乗ってきたということからイナリと結びつきができた。 |
| 伏見のイナリへは1072年 後三條天皇が行幸し以後行幸は鎌倉時代に及んだ。現在分詞(ぶんし)は30800社といい その名も地名や氏名(ウジナ)をつけたものが多く これがイナリ信仰の特徴で 開運出世・商売繁昌の神として屋敷神に祭られるようになった。 |
| わが 栄寿イナリは 先代 村内栄一が1912年当所に しょう油工場を建てたとき隣家の相川家にあったものを後にその屋敷をゆづり受けたので 当家で祭るようになり 昭和20年の空襲で焼失したので移動再建したものであります。猶 栄寿イナリの呼び名は元からのものでした。 |
| 今後も ムラウチグループの守護神として祭り 商売繁昌と全員の無事を祈念してゆきたいと思います。 |
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昭和55年二月初午 稲荷神社整備を記念して ムラウチグループ会長 村内 村雄 (花押) |
| ※文章は平成5年に逝去した弊社・創業者 村内 村雄の昭和55年2月記 |
| 「稲荷神社の由来」です |